第三の「青春」
第三の「青春」
後期高齢者になって、2年が経過したが
とりあえず、健康そうに生活が出来ている。
そして、去年、事業承継を済まして相談役になり
ホンマに気楽になっている。
しかし、気楽になった分
「気の抜けた風船」状態で
気分的な張り合いに欠けているのだが、
この状態を改善することが課題。
そう言えば、サミュエル・ウルマンは「青春」の詩で
「若さとは肉体ではなく心の若さだ」
と言っているので、
気の持ちようで「青春」を取り戻せるかも知れない。
若い時は、自動車やゴルフも音楽も恋愛も出来たし、
仕事では「コンピュータ」に没頭できた。
これは若さに溢れた「青春」だった。
孔子の時代なら
「志学」⇒「而立」⇒「不惑」
と進んで目出度い事だったろうが、
私は、いろんな事情があって、46才の時に転職したのだ。
しかし、トヨタ系販売店で憧れた「トヨタ方式」を志、
その実践に「船井流」を学び「知命」として
「経営コンサルタント」の道を30年頑張った。
この30年間も「青春」だったと思っている。
そして、有難いことに三男が「事業承継」してくれて
「相談役」と気楽な身分になり
「耳順」を心掛けて「不踰矩」を弁えて
「エッセー」などを書いて毎日を過ごしている。
世の中の動きは早くなるばかりで、
さらに、紛争も絶えないが
お蔭様で年金と相談役の収入で安心して生活ができている。
また、数少ないがお客様にも恵まれており、
若干の社会貢献も出来ている。
高齢者のフレイル対策は
「運動」と「食事」そして「社会」の3つ。
「運動」は毎日、近所の喫茶店でモーニングを頂き事務所へ出て、
さらに、自炊の為に食材の買い出しでスーパーへ行くなど
決まったルーチンで生活できており
「食事」は腎臓に気をつかいながら自炊で栄養管理しており、
「社会」もモーニング仲間やお客様そしてネットの友達と恵まれている。
つまり、他の方から見れば「結構」な状態。
しかし、「心」の充実感が乏しいのも事実である。
第一の「青春」は若い時のコンピュータの道で、
第二は経営コンサルタントの道だとすると
第三は「道」を模索している最中だ。
お蔭様で「エッセー」を書くことで時間を有意義に使っているが、
この状態をキープすることが
第三の「道」
かも知れないと思うようになった。
「エッセー」の他に、「独り言川柳」や「勁草塾」などを書いており、
それなりに持続できている。
この「エッセー」は106作目であり、
「独り言川柳」は2236首詠んでいて
「勁草塾」も57回目の記述になっている。
「続けること」=「才能」と定義すれば、
中身は別にして、自分の「才能」を伸ばしていると思う。
確かに、「知足」に域にいるので、
大反響を得て、急に忙しくなってもパンクするだけなので
ジンワリと小さな反響に満足して
充実感を味わうのがよいのかも知れない。
ベースの「健康」を維持して、
自分の出来ることで時間をムダにせずに過ごして
少しの充実感を味わうのが
第三の「青春」
と思うようになった。
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