「小さな夢」
「小さな夢」
私は、孫たちに「夢」を持てと言っているが、
現実的には孫たちは目先の事が一番なようだ。
しかし、目先の事であっても「やりたい」と思うことで
いろんな工夫が始まり、欲しい物が見えて来て
親にねだるようになる。
自分の子供の頃は、よく覚えていないけど
母が商店街を一緒に歩くと玩具店で新しいものを見つけて
買ってとねだり、店の前で寝ころんだ
と言っていた。
勉強が出来ることに越したものはないが
あまり出来なくても「やりたい」という物があれば良い
と思っている。
この「やりたい」が
「上手になりたい」や「勝ちたい」に変わり
自主性が高まって行くと思う。
この工夫した経験が蓄積されて
将来、待ち受けることに対して、出来る事から始める
という癖が身につくと思う。
例えば、社会人になって必要なのは
・時を守り
・場を清め
・礼を尽くす
という3つの「躾」が身についておれば、
少なくとも「合格点」であり、
他人に迷惑をかけないように頑張ることが出来る。
同じように、高齢者になっても
生活を乱さないように「規律」を崩さずに
例えば、朝もキチンと同じような時間に起床して
落ち着いた雰囲気で朝食を採ることから始める事ができ
よいスタートを切れる。
私は、トヨタで学んだ「サイクリック」という事を大事にして
1日のリズムを同じようにして
1日の行動パターンも同じように保ち
1日を感謝して過ごす
という「平準化、整流化、標準化」を行なっている。
しかし、「サイクリック」な生活は退屈なもので
生活の範囲は同じ、
会う人もほぼ同じ、
使う金額もほぼ同じ
と生活の領域が狭くなっている。
このマンネリ感を少しでも晴らしてくれるのが
土曜日に自転車で買い出しに行く際に外食する事や
休日にカラオケに行って三波春夫さんの曲を歌う
という変化をつけていることだ。
話を「夢」に戻すと、今、ハマっていることは
「エッセー」を書く事と「自炊」のレパートリーを広げる
の2つだ。
お蔭さんで「エッセー」は「1日1テーマ」で120号を超え
「自炊」ではレンジ調理器で「魚」を焼く事が楽しみになった
と実践できている。
「小さな夢」だが、
喜寿になっても相談役として毎日働けているし
年金もあまり多くはないが頂けている
という「ありがたい」状況に感謝して
例えば、持病の腎臓病を維持できるようになって
「一病息災」で健康的に過ごしたいことが「小さな夢」。
腎臓以外は特に目立った兆候はないので、
「透析」にならないように「水分」をシッカリとって
普段から排尿で不純物を取り除くようになりたいと願っている。
お蔭様でタンパク尿は少し改善の兆しがあり
「小さな夢」に「希望の灯り」を灯している
という状況だ。
まぁ、喜寿になって願うことは
子供たちが安心して暮らせて、孫たちが目を輝かせる
という「平穏」なことが中心になり、
その為には「迷惑」をかけないように元気に過ごすこと
というシンプルなものである。
































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