「あがってなんぼ」
「あがってなんぼ」
ゴルフする方なら経験があると思うが
「あと〇〇で90切れる」
とか途中で思うと
途端にリズムが狂ってスコアが悪くなる
ということがある。
こんな時に同伴者から
「あがってなんぼやで」
と言われるのだ。
故福井社長は55才の時に世界シニアで優勝した方だが
日本でも名門茨木のキャプテンをするハンデ+2という腕前。
しかし、時には「うまくいかない」ということがあるそうで
「90叩いた」という時は一番近い営業所では
ご機嫌が悪いのでピリピリしていたそうだ。
その故福井社長から
「栩野君、途中は飾るな。あがってなんぼや」
とよく教えられたのだった。
私はコンピュータを担当しており、
同業他社に「追い付け、追い越せ」を合言葉に
一生懸命に頑張っていたのだ。
最初はバッチ処理のIBMシステム/32だったが。
4年経過してオンライン処理ができるIBMシステム/34になり
本社業務の殆どをオンライン処理にして、
守口にあった部品課の業務もオンライン化したのだ。
そして、富士通が発表した「世界一最高速」と謳ったFax機を
全営業所に入れて、部品の注文をFax化したのだった。
発注伝票は専用で薄い青線でFaxが読まないようにした物で
ホントに次から次へ伝票が出て来て、
多分、当時、日本唯一の部品処理システムとなった
と自負していたのだ。
本社と守口の間は専用線で9600BPSというモデムで結び、
守口側の処理は画面データを送らずに部品だけにした処理で
しかも、コアインデックスという機能をキャッシュ化したので
10万点の部品マスターでも
驚く程に早いレスポンスを実現していた。
当時、IBMはオンライン処理でクレームが出たら
リファレンス・アカウントと言って、見学に連れて来て
インラインと変わらない速さでストレスがない処理を見せていた。
IBMは言わなかったが
全拠点にFaxを導入している同業他社はなく
Faxとコンピュータの連携がうまく行った
という点が本当のポイントだった。
このようにIBMのオフコンのソフト開発ではユニークだったので
同業他社がIBM特約店をした時に、
順当ならIBMシステム/38でRDBにチャレンジだったが
IBMシステム/36GPで磁気テープ付にして買ったので
イコール・コンバートが出来てシステム開発の端境期になったのだ。
磁気テープは
トヨタからの登録情報データや
部品共販の部品マスター
の受け取りに使ったのだった。
この端境期に、社外のソフト開発を出来るように申請して
IBMが組織したUOSという団体に加盟したのだった。
僅か3年ほどだったが、IBMが困っていた案件で
・大手生命のAPPCで異機種間通信をする開発
・冷凍機メーカーのMRP処理のスピード改善
・東京と大阪間のオンライン処理のパケット通信料の改善
などを担当したのだった。
その後、トヨタがテレックス処理をSNUFで行なう時に
大手生命での経験が生きて、
トヨタの担当者が「初めて一発で繋がった」と驚いたように
この技術力の高さを示したのだ。
「あがってなんぼ」だが、
過去を振り返ってもると
「低い鼻も高くなる」
という状況だった。
因みにAPPCの経験は、
営業所オンライン化の時に9370というホスト機を専用にして
既存のIBMシステム/36とAPPCで繋ぐことができて、
営業所オンラインの処理速度でも同業他社の水準以上だった。
まぁ、これもIBMが次の機種に移行するのに
イコールコンバージョンで済んだので余計な開発が不要だった事と
同業他社がIBM特約店になったので
IBMシステム/36を最大構成で買う根拠になり
仮にIBMシステム/38にしていたら
APPCで異機種間通信が出来なかった
というラッキーもあったのだ。
ホンマ、「あがってなんぼ」だが
「ラッキーも実力の内」と実感しており、
自分自身「ついている」と思っているのだ。
これからも余生を生き抜くのだが
「ついている」を維持して「あがってなんぼ」で
良い結果になるように
「元気」を基本にして行きたいと思っている。




























テレビ通販で欲しいなぁと思っていた






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