2026年4月30日 (木)
2026年4月28日 (火)
「町会費」と「自助努力」
「町会費」と「自助努力」
私は2才の時に両親が大阪に出て来たので
もう74年も大阪に住んでいます。
結婚して独立したが、新居は大阪市阿倍野区の
JR寺田町駅近くにいて、
民間アパートから市営住宅そしてマンション購入
と狭い地域を転々としました。
マンションを購入した時は共働きだったので、
地域活動の余裕がなかったが
しかし、町会費を義務的に払っていて、
盆踊りなどに子供の招待券を頂いて参加する位で
幸い大きな災害がなかったので町会活動に無頓着でいました。
また、31年前に自営を始めましたが、
近くのマンションを購入しリフォームして事務所にして、
自宅と事務所の往復を繰り返しているので
サラリーマン時代と余り変わらず、
自宅は寝に帰る位という状況が続いています。
従って、町内会という存在から遠い感じでいましたが、
去年、事業承継して相談役になり気楽になったので
少しずつ町内会を意識し始めています。
私の住む町会の活動は
主に月1回の公園掃除があり、あとは公報の回覧があり
年末の歳末防犯活動や赤十字の赤い羽根募金などあり
また、新成人や敬老の祝いや会員のご不幸への弔慰金
さらに、去年はリクレーションとして万博へ希望者が行く
という活動です。
こんな背景ですが、
今年、自宅マンションの班長に輪番でなり、
しかも立体駐車場の解体後の諸問題を解決する為に
理事長になりました。
すると昨夕、自宅にいるとピンポーンと鳴ったので
出てみると町会の方が
案内が遅れたが今晩7時半から班長会議がある
とのことだった。
とりあえず会議に参加したら、
地域の役員が交代して運営が疎かになって連絡が遅れたという
さらに会計報告も数字のミスがあるのに役員の押印がある
という体たらく状態だったので少しガッカリしたのです。
それでも町会費を集めよという話。
去年は、町会からバスを出して万博に行き、
子供会は潮干狩りに行ったのですが、
今年は予算がないと言って企画がないとのことです。
帰り際に、同じマンションの方たちと
まぁ、災害時への保険やな
と話したのです。
もともとマンション族は地域とは異質な存在だったので
町会活動には積極的ではないのが実状でした。
つまり、町会活動よりもマンション内の活動が身近な課題であり
私たちのマンションも築42年経過して、
当初から入居している方々の多くは後期高齢者になっており
私のような一人住まいの方も増えている限界集落的な状況です。
高齢者の多くはデイサービスを利用していますが
多くて週3回が限度のようなので
残る日々の充実が課題になっています。
幸い、マンションに集会場があるので有効利用で
サークル活動で親睦を図りQOL向上が可能ですが
何をするにも先立つものは「金」なので、
その大切なお金も長らく管理費を据え置いているので、
いろんな修繕が待ち構えているので管理費の値上げ
が必要になっていますが、
諸事情で今までの理事は先送りにして来たのです。
私は輪番で班長になり、敢えて理事長に立候補して
この先送りになっている諸課題を解決したいと思って
活動を始めています。
しかし、年金暮らしの方が多くなっているので
管理費の値上げが難しい現実がありますが、
世の中はデフレから脱却して物価高騰になっているので
先送りできない課題になっています。
私は、植栽の手入れや排水管点検などのサービスも
値上げを言って来ているし
管理会社の事情も同様だと思っていますので、
管理費の値上げは避けられないと思っています。
そこで、少しでも管理費の値上げを抑えるには
公平性の原則があるので受益者負担として、例えば、
立体駐車場の跡地を有料駐輪場と2台程度の有料駐車場にして
月約5万円の収入を得る方法が浮かび
少しでも収益化の努力を見せて
管理費値上げの賛同を取ろうと考えています。
提案したサークル活動も集会場の電気代やメンテ費用が発生するが、
目に見える電気代だけを徴収して、その他は管理費で賄う
という腹積もりでいます。
しかし、私一人では何も出来ないので、
何事も「自助努力」とサークル活動に賛同する人を多くして
その中からリーダーを募集して自主運営を定着させたい
と機運づくりに励んでいます。
これも「楽しくなければ、人生ではない」の一環なので、
是非、実現したいと思っています。
2026年4月27日 (月)
「楽しくなければ人生じゃない」
「楽しくなければ人生じゃない」
前号(訃報)で
亡くなられた元専務様が
「楽しくなければユニフォームじゃない 楽しくなければ仕事じゃない」
とブランディングされたように、
故人を偲びご冥福を祈りながら、
「楽しくなければ人生じゃない」
と元気に過ごして行きたいと思います。
と書きました。
しかし、「楽しい」って人それぞれだと気づき、例えば、
いつもの喫茶店でも地域の方々が噂話や食べ物の話で盛り上がっているし、
私のように新聞や雑誌を読みながら静かに過ごすことが楽しい人もいるし
という風に同じ喫茶店というシチュエーションでも様々です。
実際問題として、世間話や食べ物の話で盛り上がっていると
新聞を読む集中力に影響があり、
もっと他の話題ないのかと内心思っていますので
同じ一つのシーンでも「諸刃の剣」のようになっています。
中には、他人の会話に割り込んで知ったかぶりする人もいて、
あちこちと荒らしまわるなよと思う人がいますし、
仮に、私が何か言うとしたら、同じように割り込んで来て
話題の中心になろうとするので
内心「お前と話しているのではない」と思うことがあったので
ともかく、ジッと新聞に没頭しようと頑張っています。
まぁ、時間が来れば、集団が入れ替わるので
落ち着いた雰囲気になるので我慢の子になっています。
でも、ふと「楽しい」って、どんな時なのだろうと疑問に思い
AIで調べると
楽しいとは、自分が主体的に何かをしている最中に、
快い・心地よいと感じるポジティブな感情状態を指し、
と心理学や国語辞典で説明されています。
とありました。
そう言えば、私の「楽しい」は「没頭」している時が多く、
このような記事を「楽しそうに」書いて充実感を味わっています。
この「楽しそうに」が重要だと思っています。
10数年前に、突然、「ダイエットする」と宣言して
レコーディング・ダイエットを取り入れて
Facebookに食事の内容とカロリーを公開する方法で始めたところ
ある日、カナダに住む日本女性からウオーキングの薦めが届いたので
すぐに、街を歩くことから始めたのですが、
毎日、続けることが大切なので「楽しそうに」手を振って歩くと
ご近所の方々から褒められたのです。
でも、よく考えると
レコーディング・ダイエットも30分ウオーキングも個人的なもので
他の人たちと楽しくということではないのです。
ホンマ、「楽しくなければ、人生じゃない」と言っても
私の「楽しい」は自分中心ということが浮かんで来たのです。
しかし、そんな私にも
「人生に2時間の幸せを」と言うのはワンカルビのCMですが、
例えば、毎週土日に事務所を老人会に提供して
茶話会でワイワイ話して頂き、その後、トランプで遊ぶことで
楽しい2時間半を目いっぱい楽しんでいます。
特に、トランプゲームはシンプルで、1ゲーム5分程ですが、
この短い集中の繰り返しが楽しいようです。
でも、この楽しい時間は1日の内では僅かなものです。
やっぱり、京都のお寺で学んだように人生は
「曇り時々晴れ」
が本質的なものと思います。
つまり、「晴れ」は「瞬間的な刺激」であり
日々の淡々とした暮らしに「没頭や充実感」を味わうことが
大切だと思っています。
先ほどの喫茶店の雑音的なディスターブに惑わされずに
一団が去るのを待って「晴れ」が来るのを楽しみする
という境地になっており、
「晴れ」の気分になって事務所に出ると気分が良いのです。
ホンマ、日常の中で、「晴れ」の気分になって
一日がスタートすると
「楽しくなければ、人生じゃない」
と思えると悟るようになりました。
「訃報」
「訃報」
長い人生にはいろんな出会いがありました。
しかし、皆さん現役を離れて音信不通の方も多いのが現実。
幸い、私はメルマガを発信しているので、
一方通行ですがコミュニケーションが取れて
時々、感想などを送って頂いています。
今朝は、共通の知人である元中小企業団体中央会の方から
ユニフォーム販売会社の元専務様の訃報がメールで届きました。
そのもう一方の知人が亡くなられたという知らせ。
ユニフォーム会社を3兄弟で会社を引っ張った方で
長男は経理中心の社長、
次男は販売企画を担当する専務
三男は営業関連の常務
をされていました。
SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)という言葉は
ユニクロが代表的ですが、
ユニフォームで自社ブランドを作って販売されており
その企画を担当されていました。
自社のブランディングで幅広い活動をされており、
大阪商工会議所の議員という公的な活動の他、
「楽笑」と名乗ったBMWディーラーの田中会長とも懇意にされており
「遊書」という世界を教えて頂きました。
お蔭様で私も相談役と気楽な立場になった際に、
人生の方向転換としてメルマガでエッセーを書くことになる
キッカケを頂いています。
田中さんの「遊書」の域には程遠いですが、
まずは身近な振り返りから書き始めています。
現役の時はビジネスに役立つように記事を書いていましたが、
気楽になると好きなテーマで好きなように書く事が出来ています。
田中さんのように身近な言葉で
しかも、幅広いジャンルのエッセーを書いて行こうと思っています。
体質的に文書を書くことで幸福感を味わえるタイプなので、
充実感でよい脳内ホルモンを出して、
元気に残る人生を楽しみたいと思っています。
お蔭様で事業承継した後も事務所に出て、
少しは経理的な仕事をしながら、
気楽なエッセーを書くおり、
「居場所」と「出場所」
の両面で恵まれています。
エッセーは無料のブログやX(旧ツイッター)・Facebookなどや
有料のHTMLメール(月17600円)とHP(月4950円)のアプリ
などを活用していますが、会社に迷惑をかける費用ではないと思って
気兼ねすることなく自分の世界に入っています。
こういう背景もあって、
亡くなられた元専務様から人生で違った世界観を教わり、
田中さんの「遊書」という楽しみ方を
自分流に発展させるキッカケを作って下さった恩人であります。
訃報をメールして下さった方は
「お互いに残人生を楽しみましょう・・・・地獄の沙汰も金次第。
・・・・現代人生100時代・・・・人生100時代も金次第・・・・
人生75歳を目標に設定している小生は3年長生きしておりますので
・・・・もう無理・・・
AI に回答を頼みましょう どんな回答がきますかな楽しみです。
いつもメール配信ありがとうございます。」
と結んでおられました。
そう言えば、当方のメルマガに、時々、ユニークな感想を頂いて
違った視点に気付きを頂いています。
人生は「縁・運・つき」の3拍子が重要と思っていますが、
私は「エッセー」を書くことで第3の青春を楽しんで、
SNS時代の「縁・運・つき」を楽しみたいと思いつつ
亡くなられた元専務様が
「楽しくなければユニフォームじゃない 楽しくなければ仕事じゃない」
とブランディングされたように、
故人を偲びご冥福を祈りながら、
「楽しくなければ人生じゃない」
と元気に過ごして行きたいと思います。
2026年4月26日 (日)
2026年4月25日 (土)
2026年4月24日 (金)
「朝の5分」と「エントロピーの法則」
「朝の5分」と「エントロピーの法則」
世の中に「エントロピーの法則」がありますが、
情報は溜まるばかりで、どのタイミングかで整理が必要
というような意味です。
実は、会社に来る紙情報を私が管理していますが、
不必要なものと少し残しておくもの
に仕訳している心算でいますが、
不必要なものもゴミ袋が一杯にならないと捨てないし
少し残しておくものも溜まる一方です。
机回りは頭の構造と同じだという話を知っていますが、
仕事ではパソコン操作が出来れば、大きな支障がないので
なかなか整理して捨てようとしないのです。
ホンマ、「わかっちゃいるけど」の状態が続いており
気にはなっているけど、実行できない習慣になっています。
こんな私ですが、潜在意識にあったのか
毎朝、喫茶店でモーニングを頂きながら読む新聞広告で
「5分で始める整理整頓」という見出しがあり
「5分なら、出来る」と思ったのです。
しかし、思っただけでは始まらないので、
机に座る前の「5分」という風に優先順位を上げたのです。
机の書類を仕訳して不要なものをゴミ袋に詰めるのですが、
その前に紙袋を用意して、まず、それに入れるようにしたのです。
実際には5分もかからないので、
片づけの勢いで拭き掃除も始めたのです。
「凡事徹底」と言いますが、
「凡事」は誰でもできる当たり前な事ですが、それが意外に難しい
ので「朝一番の5分間整理整頓タイム」を設けて
続けるようにしたのです。
まだ「徹底」という域ではないですが、
「朝一番」の5分なので続いています。
そして、毎朝実践しているので
「エントロピー」が蓄積していない状況で、
必要な物も毎朝見ているので探す手間が省けています。
「けち臭い」話で恐縮ですが、
よそから来た書類でも裏紙に使おうとストックしているのですが、
最近は印刷することが少なくなって
それこそ「裏紙」が溜まる一方になっています。
ワイモバイルの千本さんは
「一銭を疎かにすると心がバブルになる」
とおっしゃっていましたが、
例えば、A4のコピー用紙は1枚1円もしない程安いのですが
よそから来た裏紙はコストゼロなのに大事にする習慣が
身についているのです。
ホンマ、「紙の消費は文明」と言っていた時代に育ったので、
「デジタル」の時代になっても「紙」を大事にしています。
その一つの習慣が
「情報」をジャンル別に仕分けてDリングファイルにストックする
という手法です。
これは、IBM特約店に勤務していた時に
「知識データベース」と題して書類をファイルして提供してくれたのを
真似て習慣化した手法です。
Dリングファイルなので、紙をめくりやすいのですが、
それでも、目的のものに辿り着くまで結構時間がかかります。
ホンマ、「電子帳票」の時代になっているので
PDF化して、検索可能なようにすれば良いとは思うのですが、
何かしら「紙」の方が安心感というか親しみやすいのです。
しかし、最近、HPをCMSタイプのものにして、
多くの記事はHPに上げているので検索も簡単になっており、
徐々にDリングファイルの出番が消えています。
そして、「エントロピーの法則」も
デジタルの時代になると少し意味合いが違って来て
情報を検索できるようにすればゴミではなくなる
と実感しています。
また、世の中は「電子帳票」の時代ですが、
私もHPのCMS機能を利用して「記事」を管理するようになった
と少し誇らしく思っています。
2026年4月23日 (木)
「波動」と「習慣」
「波動」と「習慣」
私は創業間もない頃に
「セルフエスティーム」(自己肯定感)
という言葉に接して
「花まる主義」
を実行しました。
寝る前に今日の出来事を棚卸して
「よかった事」
を最低ひとつ見つけて「◎」をつける
というシンプルな習慣でした。
創業間もない頃は
お客様もなかったので「仕込み」だけだったので
その「仕込み」にも「◎」をつけていました。
当時、故船井先生は「波動」という言葉を使って
よい習慣を身につけるようにおっしゃっていました。
私は「◎」をつけることで「達成感」を引き起こして
脳内ホルモンの分泌を促して熟睡し、
明くる日に「元気」な波動を出せるようにしました。
「よい習慣」のひとつとして「楽しそうに」という事も
大切な要素でした。
創業時、お客様がない状態でしたが、
毎月、「AMIブレティン」を1枚作成して
サラリーマン時代の友人に郵送していました。
この習慣が思わぬ効果を発揮したのです。
それは、友人から「PL法セミナー」を手伝わないかと誘われ、
その参加者フォローで名刺交換した方々にも郵送した中から
「あなたに頼みたいことがある」
という電話がかかって来る「運命」的なことが起こったのです。
当時の原稿を紛失しているので内容を覚えていないですが、
マーケティングの書物を読んで、積極的な内容を書いていた
と思います。
そして、たまたま船井総研の研修で学んだ家具卸業の事例と近い
建設機械の製造卸業のお客様で全国展開されていましたが、
最大の難点が「情報」の伝達に時間がかかる
という共通の悩みでした。
「情報を制する者は市場を制する」
と言われた頃だったので、
当時、企業なら100%普及のFaxを活用するマーケティング
を提案したのです。
家具の場合は「共同ちらし」でしたが、
このお客様は「とくとく情報」と「いちおし情報」の2種
をFax一斉送信で末端まで送ることにしたのです。
「とくとく情報」では「ポンピングチューブで3+1セール」
「いちおし情報」では進化する工法に対応する商品紹介
を行ないました。
末端まで一斉送信しているので
「ポンピングチューブで3+1セール」
が大ヒットして「後工程引き」スタイルを完成させたのです。
末端から地域販売店へ注文が来て、それが自社に来る
という流れです。
このレスポンス率は100%を超え、
他社製ポンプのお客様からも引き合いが来る
という「ちらし」ならではの成果を生み出しました。
この「後工程引き」方式は手芸製造卸様でも
「除電リング」というレジ回り商品を載せたところ
末端の手芸店が反応して物凄い流れになり、
当初、200万個のロットが僅か3カ月で完売した
という大ヒットになりました。
この頃は「ちらし」をつくるという事が「楽しかった」のです。
しかし、このような製造卸様ばかりではなく、
いわゆるルート販売のお客様が多くなったのです。
ルート販売では納品を中心にお客様と接しているので
「情報」の伝達が属人的になっていたのです。
「属人的」ということは「2:6:2の法則」が働いて、
よい関係のお客様が2割しかいないという事につながるのです。
つまり、「情報」がキーマンに届きにくい営業スタイルで
しかも「納品」があるので時間の制約もあるのです。
営業はお客様との会話なのですが、
Faxでキーマンに届くようにすることが改善策なのです。
まず、Faxで「ちらし」をキーマン宛てに送り、
イノベータ層(2.5%)からレスポンスがあり
アーリーアダプター層(13.5%)は関心を持ったが動かないので
「ちらし」をコピーして現場で「感想」を訊き
そして、反応があったお客様へのクロージング法をロープレする
という「3段活用」を商品化したのです。
しかし、残念なことに、ルート販売のお客様では、
全国卸と違ってターゲット数が少ないので、
100件ほどでは2.5%のレスポンスがないことがあるのです。
改善策としては「弱者の法則」で個別ゲリラ戦を展開して
「3段活用」を実践することが「肝」なのです。
しかし、これも当初は「やる気」が働くので成果が出るのですが、
すぐに「効果逓減の法則」が働いて
ルート営業の方々が「ちらし」をコピーして手渡すということも
マンネリ化して、「鏡の法則」でお客様も興味が薄れる
という悪循環になり、
最悪の場合、「もう効果がない」と言い始めるのです。
Faxの他にもメールやHPによるマーケティングも試みましたが
原理は一緒ですが時流からズレて来た感が濃くなって来ました。
幸い、お蔭様で昨年、創業30年で事業承継して相談役になり
直接、お客様に関わることがなくなり
気楽になった分、このようなエッセーを書いて
「よい波動」を発信する習慣を続けたいと思っています。
そして、レスポンスを頂いて「幸福感」を味わって
元気な生活を維持したいと願っています。
「失敗談」
「失敗談」
人生を振り返ってみると
何事も「未知」への興味が大切と痛感しています。
例えば、毎日の食事でも
妻に先立たれて自炊生活を始めています。
先日、NHKで献立のショート番組があり、
豚肉であんかけのつくり方を紹介していたので、
早速、試してみようと片栗粉を買いました。
大さじ一杯とあったので、
大さじに山盛りにして溶いたところ、
大変なことになり何とも言えない味になりました。
笑い話ではなくホントにやったのです。
この失敗で大さじ一杯が山盛りではない事を学んだのですが、
ホンマ、やってみないと分からないものです。
仕事でも一緒ですね。
経営コンサルタントを始めた当初は
お客様から失敗した話をしてくれと言われて困ったことがありました。
つまり、経験が少なく
最初のお客様で運よく自分の経験を活かせる
「一番商品」を見つけたので
失敗という失敗がなかったのです。
しかし、20数年前に大きな失敗をしました。
それは高校時代の友人から
「君に頼みたいことがある」
という電話がかかって来たことから始まりました。
それは「オール電化」の推進だったのです。
私は静岡の松下系の電材商社(S社)様を紹介して、
商社の仕入れ力を発揮して「オール電化」のお店を展開する
というプロジェクトを推進したのです。
友人は「オール電化」推進担当の部長だったので、
関電からプロジェクト推進支援金を得て
奈良市の学園前に店舗を出して拠点にしたのです。
友人は「金持ちのバクチ」をしてくれと言ったので、
コミュニティ誌の一面を借り切る広告戦略を打ち出したのです。
ここまでは得意な分野だったので、
企画したイベントは効果絶大で
関電も驚くほどの集客が出来たのですが、
ここに落とし穴があったのです。
一つは本来のミッション「オール電化」推進ですが、
これはキッチンと給湯をガスから電気に切り替えることですが、
ポイントはお客様の希望で「電化試算」を関電に依頼して
節約効果で推進することでした。
この「節約効果」は計算上の物で、関電は自力で展開していて、
関電の社員では数%のイノベータ層を刈り取っており、
13.5%のアーリーアダプタ―層への取組がキーだったです。
確かに「関心」が高い層なので
スグに1千件を超える「電化試算」を出来て、
僅か3カ月で40数件の実績を挙げたのです。
しかし、この1千件のイノベータを刈り取った段階で、
大きな誤算が起こったのです。
一つはリフォームに目が移ったことです。
キッチンにIHコンロが入るとリフォームの需用が出て来て
売上金額が大きくなるので社員も下請業者も関心が移ったのです。
もう一つは「寄せ集め」組織だったことです。
S社から一人社員が赴任して来たので、
「寄せ集め」組織の監視役になって「異分子」化して
内紛の発端になったのです。
自動車販売の経験者を集めた営業員だったので、
「買う」というイノベータ層には販売実績を残せたが
「関心」はあるけど動けないアーリーアダプタ―層へのアプローチと
いう「オール電化」のミッションが薄れたのです。
この混乱に輪をかけたのが
下請業者間の内輪揉めが起こり、
2派に分かれて社員が巻き込まれた
という「股裂き」状態になったことです。
こうなると「手の施し」ようがなくなり、
さらにもう1店を緊急に作って分離して治めようとしたのですが、
一端、リフォームに目が移ったので
肝腎の「オール電化」に戻れなかった
という苦い経験をしました。
こうなると店が分散して勢いがなくなり
プロジェクト支援金の優位が底をつき赤字になり、
当社はコンサル料を返上して再建に走ったのですが、
「砂上の楼閣」
なので当社も赤字を出すばかりか大事なお客様も失うという事態に
陥ったのです。
結局、S社の経営も本業で危うくなったので
プロジェクトを解散して、
2つの拠点の社員の行く道を探すことになったのです。
S社は学園前の社員で希望する方を静岡に迎えたが、
もう一つの拠点の社員は「オール電化」を進めると言ったので
下請業者が引き受けて、
弊社から当座の運営資金を貸し付けて協力をしたのです。
その資金でスーパーの一角に店を出して展開し、
今も頑張っています。
数年経ってから、貸した金額も分割で返してくれました。
このプロジェクトの失敗から学んだことは
・「探客8割」というがアーリーアダプター層はなかなか動かない
・「寄せ集め」では「理念」がないのでグラつきやすい
・「人道的」という基本を忘れてはいけないが支援には限界がある
ということかと思っています。
ホンマに「買う」というイノベータ層には誰でも売れるが、
「関心」を持っても動かないアーリーアダプター層への戦略戦術が
ポイントになると実感しています。
関電の和歌山営業所で講演した際に
「これからオール電化をさらに進めるにはどうしたら良いか」
と質問された時に
「オール電化がお客様の為になると信じてバカと言われるまでやること」
と咄嗟に返事しましたが、
この「バカと言われる」が合言葉になって動くようになって、
「オール電化」普及率が管内1位になったと喜ばれたのが
せめてもの「よかった」点だったと振り返っています。
関電の支援は3年間の支援だったのですが、
S社がプロジェクトから引いてしまったので、
3年間、弊社が定期的に辛い報告を繰り返し
ホンマに「耐えがたきを耐え」という状況で任務を果たしたのが
せめてもの友人への恩返しだったと思っています。
2026年4月22日 (水)
「道」という字
「道」という字
そろそろGWが近づき、若い人たちが
「五月病」
を発症する時期がやって来ます。
そう言えば、入社日に退職した人がいたと聞きますが、
「なんぼなんでもなぁ」
と思うような現実があります。
昔から「働く」ということは
「人」が「動」いて「傍」(はた)を「楽」にすること
と教えられましたが、
今の人たちは大事に育てられたのか
自分のやりたいこと(趣味?)に合わねば、
我慢して「合わそう」と努力しないようです。
個人的には「やりたいこと」を大切にするのは大賛成ですが、
私は「コンピュータをやりたい」と言って就職したが、
当時は第1次オイルショックの不景気で
コンピュータどころの騒ぎではなかったので
自己申告に書いたら上司に「Too-Hot」と書かれたが、
それにもめげずに書き続けたので、社長が
「これならポケットマネーで買ってやる」
とIBMの世界初のオフコンを買って下さった経験があるので
言い続けて「出る杭」になれよと思います。
そして、今、後期高齢者になって人生を振り返ると
「道」
という字を思い出します。
相田みつをさんは
「歩くから道になる 歩かなければ草が生える」
と書にしたためておられますが、
自分が「歩く」ということが大切と思います。
私のように「やりたいこと」を優先するなら、
就職時にハッキリと伝えておくことが重要です。
例えば、スケールが違いますが、
大谷選手は高校時代から図抜けていて大リーグ志向を宣言したが、
日本ハムの栗山監督たちは敢えてドラフト指名して、
育成計画を示して入団させて、
しかも、日本ハム大学構想で二刀流を実現させた
とNHKスペシャルプロジェクト‘X’で紹介されていました。
私の場合は、「コンピュータをやりたい」と言って就職したが
まず、社長室に配属されていろんなことを担当して、
その質を上げるように育成して下さいました。
しかし、そういう私も事情があって「燃え尽き症候群」になり、
「社長はクルマの道、私はシステムの道を歩みたい」
という主旨の辞表を出して左遷を拒否して関連会社に転職しました。
その転職先にナンバー2のポジションで迎えられたのですが、
役員と担当課長に挟まれた状況で「自由」を奪われて何も出来ず、
翌年、営業に転じて実績を挙げて「自由」を勝ち取り、
自費で船井総研客員経営コンサルタント養成学校に学びました。
この頃に、昼食で立ち寄ったレストランで、
偶然、向かい側に座った方から
「道という字は「首」と「シンニュウ」で出来ていて、
首を賭けて「点」を目指して九十九折の坂道を登ることだ」
と教わったのです。
確か名刺を頂いたのですが、今は自民党員とだけ覚えています。
「点」は勿論「夢」であり、
「シンニュウ」は長い下積みがあって、
ある時、目標(点)を得て九十九折の坂道を登る
ということです。
つまり、「夢」に向かって下積みがあって「時」が来るという事です。
芸人の世界でも親の七光りで脚光を浴びた方の多くは、
下積みがないので「挫折」しやすいと聞いています。
やはり、誰でも「下積み」の経験が重要ですが、
その「夢」がハッキリしておれば、
下積みの苦労に耐えることで「実績」を積み
「信用」や「信頼」を得てチャンスが回って来る
という構図になると言えます。
しかしながら、大谷選手が極稀な存在なように、
同じように大リーグを目指しても道半ばで挫折する人が多い
というのも現実としてあります。
大多数は「一隅を照らす」の教えのように、
与えられた環境の中で必要な人として生きて行く
ということが大切です。
私は、相談役になり、
直接お客様と接する機会がなくなりましたが、
このエッセーのように記事を書くことで、
「一隅を照らす」
存在になれば本望と思い、
これからの「道」として歩んで行きます。
2026年4月21日 (火)
「まごわやさしい」
「まごわやさしい」
一人暮らしになり、
健康に過ごすことの重要さを痛感しています。
一口に「健康」と言っても
色んな要素が絡みあっているので
習慣化した健康づくりがポイントなります。
病気の多くは「生活習慣病」と言われ、
身に沁みついたら、なかなか直せない厄介なものです。
私は以前に健康診断で若い女医から
「栄養失調」と言われた事がありました。
「元気やのに何でやねん」と思いましたが、
調べると「新型栄養失調」は
「食事のカロリー(エネルギー)は足りている、
あるいは摂りすぎているのに、
特定の栄養素、
特に「タンパク質」や「ビタミン」「ミネラル」が
不足している状態を指します。」
とあり、症状としては
・体重が減る
・筋力が低下する
・だるさや疲れを感じる
・体が冷える
・風邪などにかかりやすくなる
などとありました。
また、「PFCバランス」
・タンパク質(Protein) 13~20%
・脂質(Fat) 20~30%
・炭水化物(Carbohydrate) 50~60%
が理想であり
・誰かと一緒に食事を楽しむ機会を増やす
・普段料理をしない人は料理にチャレンジしてみる
・外食時にはおばんざいや定食など、小鉢が多く登場するメニューを選ぶ
・食欲増進効果のあるお酢や香辛料、香味野菜などを取り入れる
・和食、洋食、中華、エスニックなど、いろいろなジャンルを取り入れる
・食器やカトラリーのバリエーションを増やし、盛り付けを楽しむ
などの工夫を凝らして食事を楽しむことがポイントとありました。
妻が亡くなった時に、
それまで、私は調理経験や栄養知識が全くない状況でしたが、
たまたま見た料理番組で「まごわやさしい」と言っていたので
ま(豆)ご(胡麻)わ(若芽)や(野菜)さ(魚)し(椎茸)い(芋)
のバランスを念頭に置くようにしました。
「粗食」と言いますが、
精製度の低い穀物や野菜、豆類、魚介類などを中心とした、
伝統的な日本食に近い食事のことで
消化器官に負担が少なく、健康効果が高いとされています
とあるように、食事の原点を見直したのです。
それまでは、確かに「肉類」や「揚げ物」などの
高カロリーな食事が中心だったので、
ギアを切り替えて、
胡麻と若芽はうどんやそばの時に摂るようにして
豆は豆腐や油揚げ、野菜はカット野菜、魚はいりこを粉末にして摂り
椎茸と芋は総菜で取るようにしました。
勿論、十分ではないのでビタミン剤を一錠飲むようにしています。
そして、最近では、腎臓内科にかかるようになって、
カリウムが血圧に影響することを知って
バナナを毎日1本食べていたのを半分にしたり
新たに林檎を食べるようにしています。
お蔭様で運動機能はそれなりに維持できており
毎日の工程の中に20分ウオーキングを取り入れたり
休日には自転車で片道30分ほどの外食をしたり
と工夫をしています。
「隠れ〇〇」と表現しますが栄養失調もあるようです。
毎朝、喫茶店でモーニングを頂いていますが、
その常連客のなかに運動機能が衰えている方がいらっしゃいます。
「膝」や「腰」とおっしゃっていますが、
私自身は「偏食」による肥満が原因ではないかと思い
「他山の石」にしています。
確かに、よくしゃべるので「口」は達者なように思いますが、
話の内容を聞いていると「食べ物」ばかりで、
特に外食の品評をしているので外食が多いようで
「グルメ」(美食)ばかりでは偏食となり、
さらに、日常、運動をしないようで活動力が低下して
自転車や乗り物に依存するようになっておられます。
私は「まごわやさしい」を念頭に入れた調理で、
しかも和・洋・中のバランスをとる工夫をしています。
そして、エクセルで健康管理表を作って、
歩行距離、自転車距離、朝晩の血圧、体重と食事内容
を記録するようにしています。
冬場は血圧が少し上がりますが、その他はまずまずです。
それでも加齢による不具合が出て来るので、
改善の「品質は工程で作り込め」を
「食養生」と「運動」
の実践で「抗老化」を「楽しみ」ながら実践しています。
2026年4月20日 (月)
「茶渋」と「雑菌」
「茶渋」と「雑菌」
今まで「ボンボン暮らし」だったので日常生活の知恵がなく
一人生活になっても最低必要限なことしかして来なかった。
しかし、老人会の中にキレイ好きな方がおられて
いろいろと教えてもらうようになりました。
例えば、カップなどに「渋」がついて、
毎回、キレイに洗っている心算でいるのですが、
知らぬ間に色が付きます。
別に気にしないでいたら、
土日、事務所で老人会の方々に茶話会の会場に提供して
お茶のサービスをしていますが、
いつもキレイに洗っている心算でも積り積るものですね
いつの間にか急須に茶渋がついて茶色になります。
私は鈍感なので洗うと良いと思うのですが
老人会の方々の中に、気になる方がいて
時々、備え付けのブリーチでキレイにしてくれますので
大変感謝しています。
確かに、調べると味が渋くなるようで、
多分、この方は敏感な方なのでしょう。
さらに、「渋」に「雑菌」が付くとも書いてあり
「なるほど」と感謝しています。
そして、シンクの網もブリーチでピカピカにしてくれます。
この話は、事務所なので調理しないので
そこまでしなくても良いのではないかと思いますが、
やはり、雑菌の問題があるようで
習慣的にキレイにしていただけます。
お蔭様で少しずつでも
自宅の方も少しキレイにするようになりました。
しかし、よく考えると
「茶渋」は色で分かりますが、
「雑菌」は見えない
ので厄介かも知れません。
食中毒が怖いので
何でも熱する調理を心掛けていますが、
食器の雑菌まで気がつきませんでした。
そう言えば、「埃」も同じですね。
床にある「埃」は掃除機で吸うようにしていますが、
桟などは時々(滅多に?)化学雑巾で拭く程度です。
そう言えば、「埃」も雑菌の温床になるかも知れないし、
風呂場などは湿気があるので見えないカビがいるかも・・
こんな風に「見えない敵」に恐れると
不安症候群になりかねません。
まぁ、多分、共働きのご家庭なら、
完璧主義では生活できなくなると思います。
うちは一人住まいなので、完璧に手抜き状況。
ともかく、床に物を置かないように心掛け、
週に1度、掃除機をかける程度で過ごして来ました。
確かに、放っておくと「埃」が溜まりますが、
今のところ、健康に問題がないようなので適当にしています。
しかし、後期高齢者の域になり、
内臓の力も低下して来ているので免疫力も同じと思いますので
少し出来ることから改めています。
例えば、キッチンのシンクも放っておくとカビが出ますが
水切りケースを百均で買って
水を入れてブリーチを入れて食器をつけてキレイにして
その水でシンクのネットをつけてキレイにした上で
そのブリーチの混ざった水でブラシにつけてシンクを洗うようにすると
まずまずキレイになることが分かりました。
そう言えば、「トイレの神様」と言いますが、
トイレもブラシで汚れを落とすだけでしたが、
床は敷物を敷いていますが、
これも定期的にキレイにすることも大切と分かりました。
言い出したら切りがないですが、
少しずつ家事にも慣れるように努力したいと思っています。
ホンマ、家事って大変やと実感しますが、
これも積極的になってボケ防止にしたいと思います。
また、家事をやると百均に行くのが楽しくなり、
手入れ用のブラシもホームセンターに行く前に
百均で簡単なのが見つかりました。
これも買い物の楽しみと運動になっていると喜んでいます。
2026年4月19日 (日)
2026年4月18日 (土)
2026年4月17日 (金)
「急がば回れ」
統計に正規分布というグラフがあります。
皆さまもよく知っておられる中央が高く左右対称になったグラフで、
中心から離れる尺度にσがあります。
中央が0で
右にー1σ、―2σ、―3σ・・、左に1σ、2σ、3σ・・
と目盛りが打たれています。
イノベーター理論は正規分布を応用したもので
・イノベーター層(2σ以上) 2.5%
・アーリーアダプター層(1σ~2σ) 13.5%
・アーリーマジョリティ層(0~1σ) 34%
・レイトマジョリティ層(―1σ~0) 34%
・ラガード層(―1σ以下) 16%
としています。
イノベーターは革新者という意味で新しい事に飛びつく層で
反対にラガードは遅滞者・伝統主義者という意味で最後まで残る
と言われています。
俗に「2:6:2の法則」と言われますが、
厳密には「16:68:16の法則」となります。
この俗の表現の方が日常的だと言えます。
例えば、自分を好む人が2割で反対に好まない人が2割と考えると
常に、好まない人がいると覚悟する必要があります。
そして、重要なことは「好まない人」の一声で物事がポシャルのです。
従って、物事を進めるには
僅か2.5%のイノベーターを掴むことがポイントですが、
これは非常に至難な確率になりますので、
アーリーアダプター(13.5%)アーリーマジョリティ(34%)を動かす
「呼び水」のような仕掛けをすることがポイントになります。
約半分の方の心を動かすように「考える」にです。
例えば、新製品を広めるには
食品なら試食を行ない、機械なら試乗などを持ち掛けます。
実は、私、自宅マンションの理事長に輪番でなっていますが、
築42年で配管の漏水事故が多くなり工事が必要ですが、
課題は専有部と共用部に分かれることです。
専門業者に相談すると共用部は材質的に耐用年数に来ているが
現状の漏水は給湯経路から多いという話でした。
つまり、本格的に工事するとなると専有部が必須になるのですが、
既に漏水で対応されたりしている部屋もあり、
また、専有部になると7日程工事がかかると言われていますので
費用負担の公平性や日数の問題で先送りになって来たのです。
そこで、私は、まず共用部の排水管の調査をお願いしたのです。
業者は排水管にカメラを通して調査して
「今すぐではないが数年以内に取り換えた方が良い」
と写真を示して診断したのです。
この「数年以内」という言葉を共有して
共用部は修繕積立金で全戸で行ない、
専有部で未対策の方々に「費用」を計画的に積み立てる
と持ち掛けたのです。
高齢者が多いのですが「数年以内」なら自分ごとなので、
賛同者が出て来たのです。
それでも、やっぱり「2割」は拒否されるのです。
そこで、共用部を修繕積立金で負担して全戸に対応して
タテ方向の排水を良して、
ヨコ方向は各戸の事情に合わせると方針を出しました。
結果は集団の心理で「同調圧力」がかかり拒否される人も
共用部の工事に賛成して下さり、
一部ですが専有部も工事する人が出たのです。
実際には工事は予算組をしてからですが、
最近の物価高騰なので早い方が良いという意見も出ており、
計画を急いでいます。
このように「簡単なこと」(共用部)で調査したことが
大きなプロジェクトを動かす「呼び水」になったのです。
そして、「集団の心理」(同調圧力)を働かす2段階法が
成功に導いたと確信しています。
これって、いろんなケースで応用できるので、
「急いては事を仕損じる」「急がば回れ」
と心得ておきたいと思います。
2026年4月16日 (木)
「まぐろ」のような体質
「まぐろ」のような体質
「老ける」とか「枯れる」という言葉がありますが、
徐々に来るものと思っていましたが、
実は、ある日、突然、気付くことになり驚いています。
人生にはいろんな節目がありますが、
還暦や古希を過ごし喜寿の年になろうとしています。
思い起こせば、子供の頃は虚弱体質だったので、
医者から
「還暦を迎えられるか分からん」
と託宣された事がありました。
そんな私は、大学2年の時に腎炎を患って完治せずに
就職の時に「コンピュータをやりたい」と言って入社したが
故福井社長は
「一病息災で長生きしろ」
と励ましてくれました。
お蔭様でオフコンの黎明期から担当して
「クルマが売れるコンピュータ」
という使命を果たす為に没頭した20年間でした。
体質なのでしょうが、
システムを開発していると達成感で元気でした。
昭和57年は関連会社がIBM特約店を始めたので
オフコンの後継機を同じシリーズで行ないましたが、
ソフト開発はコンバージョンで済んだので
開発の「端境期」になったのです。
「小人閑居して不善をなす」と言いますが、
何も開発せずにメンテだけで過ごすという「流し」だけでは
達成感がなくなるので体調を崩す心配が浮かび、
会社に他社のソフト開発する許可をもらいました。
丁度、その頃、IBMは世界初のRDB機を売り出して、
各所でトラブルが頻発してSE不足だったので、
例えば、自社では開発できない
・生産管理の所要量展開システムの処理時間短縮
・大手生命保険の営業所とホストの要求処理
・パケット通信の通信料逓減
などにチャレンジする機会を得たのです。
約3年間で1億円の売上を挙げ、
あっさりと社内システムの開発に戻って
そのノウハウを自社システムに応用しました。
例えば、それまでテレックスでトヨタと情報交換していたが
APPCで異機種間通信を行なう事になった時、
同業他社にその対応システムを提供したり
また、営業所とオンライン処理を始める時に
汎用機で前処理して、結果をオフコンにAPPCで送信する
という常識とは発想の逆転したシステムを構築しました。
こんな風に「まぐろ」のように
仕事に追われる方が健康という体質なので、
諸事情あって閑職に左遷された時も健康への危惧で
亡き妻と相談して「私が元気なうちに」という支援をもらって
あっさりと転職を決意したのです。
縁あって関連会社に就職したが、結局、水に合わず、
船井総研客員経営コンサルタント養成学校に自費で学び
資格を得て、平成7年に「夢」を追ってコンサル会社を創業し
この時も亡き妻に「私が元気な内に」と励まされました。
お客様がゼロの状態だったので
船井総研の方々から「無謀な人(奴)」と揶揄されましたが、
お蔭様で自分流の道を切り拓くことができ、
業績的には「九十九折の30年間」でしたが、
お蔭様で事業承継を済ませて相談役になることができました。
しかし、寄る年波と言いますが、
3年前の大動脈瘤の手術の前後から異変に気付くようになりました。
例えば、排便という生理現象ですが固くなり便秘気味になったので
ヨーグルトや青汁を食べるようにしましたが、
結局、お医者様に相談して「ラグノスNF経口ゼリー」を処方して頂き
回復することができました。
元々の腎臓病はefgr値が20程度になっているので
腎臓内科から薬を処方してもらい食養生と併せて
「透析」を回避すべく努力しています。
「三つ子の魂百まで」と言いますが、
相談役になり1日5時間の勤務になって「ゆとり」が出ていますが、
「まぐろ」のような体質は変わらないので
時間を流すのではなく、クリエイティブにエッセーを書き
充実感を味わうようにしています。
ブログやFacebook、Xなどに投稿して、
いろんな方からレスポンスを頂いて励みになっており、
今後も「より自分らしさ」を追求するエッセーを書きたい
と願っています。
2026年4月15日 (水)
「学ぶ」という事
「学ぶ」という事
よく言われるのが「学ぶ」は「真似ぶ」という話。
例えば、芸事では「守破離」が言われますが、
「守」は文字通り師匠に指導されたことを身につける事で
「破」は十分に身についたら少し自分流を始める事
そして、「離」として「自分流」として極める
という風なことであります。
よく「盗め」と言いますが、
憧れの人たちのやり方から自分流を編み出す
という話です。
例えば、黎明期のトヨタでは外車を買って解体して、
材料の配合や切削の具合などを調べたと言われています。
これは積極的な「真似ぶ」という事例です。
私は学校教育の「真似ぶ」は「理解」する事から始まると考えています。
平成6年に船井総研客員経営コンサルタント養成学校に通いましたが、
同期の方々は「何も教えてくれない」とボヤいて、
途中で止める人もいました。
講師の宮内先生(当時)は
「一番商品」づくりと言って過去の出来事を棚卸させて、
その中から見つけようとされていました。
「一番商品」はUSP(Unique Selling Proposition)戦略と同じで、
自分独自の指導法を発見することでした。
当然、「理論」よりも「やってみせ」の「技術」が重要なので、
「技」をもっている人は早くセミナーを開催したり、
船井総研の一分野として下請け的に活躍された方が出ました。
しかし、私の棚卸はシステム分野が多かったので、
なかなか、ユニークな分野が見い出せなかったのです。
しかし、一応「資格」を授与されて卒業したのですが、
「真似ぶ」というレベルで、フォロー活動として
船井総研のコンサル現場に同行させて頂きました。
そこは家具の商社で、
営業の方が自社商品を家具店に卸して展示場所を確保し
協同ちらしに家具店の名前を刷り込む方式でした。
当然、新規商品も当たり外れがあり、現場の声を収集して、
それを家具メーカーにフィードバックしていました。
つまり、家具の分野でメーカーと販売店の間に入って、
商品を企画販売するファブレスメーカー的な活動だったのです。
この現場から私は製造卸がビジネスのチャンスと浮かんだのです。
しかし、ヒントを得たが「一番商品」は影も形もなかったですが、
勤務していた会社環境の変化で見切りをつけて現会社を創業したのです。
驚いた船井総研の方から「無謀な人」と言われましたが、
運よく友人から「PL法セミナーを手伝わないか」と声がかかり、
そのフォロー活動から第1号のお客様が誕生したのです。
左官業関連の機械を製造販売する会社で、
丁度、家具で学んだ形態と同じだったので、
「共同ちらし」を思い浮かべ
企業なら100%普及しているFaxで情報を流す提案をしたのです。
確かに、営業の方々は情報を持ってお客様を回るのですが、
実際は納品主体のルート営業だったので、
情報へのレスポンスが非常に悪かったのです。
私は、お客様のニーズに見合うシーズのヒントを得ていたので、
地方の販売店に「Faxちらし」で情報を案内する方式と
さらにダイレクトに左官業に情報を流し、
最寄りの販売店から購入して頂く方式(後工程引き)
の2つを提案したのです。
問題はシーズの「Faxちらし」をつくる技術がなかったので、
まず、自社で「AMIコンサルティング Hot&Fresh情報通信」を始めて
Fax一斉送信のやり方や紙面構成のひな型を得たのです。
実際にはB4の方眼紙に、ワープロで書いた部品をレイアウトして
それに「社長メッセージ」を加えるようにしたのです。
確かに、Faxで情報発信する事例は沢山あるのですが、
「社長メッセージ」を記載したものは他になかったのです。
効果は抜群で
運良く僅か半年で年商16億円から20億円に大躍進して
お客様は決算賞与と海外旅行を実施された上に、
ある日、地方のお葬式に参列された社長様が
「永らくご無沙汰しています」
と挨拶したら、
「あなたが業界の為に頑張っていることを理解している」
と異口同音に言われたと違ったメリットを話されました。
私にとって最高の経験を第1号のお客様で得ることが出来ました。
この「真似ぶ」から「Faxマーケティング」の実績が出来て、
セミナーを開催してお客様を開拓するようになり、
その中から「3段活用」を指導の軸にするオリジナルが出来たのです。
「情報」を一斉送信すると
まず、イノベーター層(2.5%)のレスポンスがあり、
テレフォローするとアーリーアダプター層(13.5%)の反応が出る
という事が経験的に実証できて、
さらに、営業の方が「ちらし」を持ってクロージングするOJTを指導
という3段活用でした。
これは大手のコンサル会社も手を出さない領域であり、
当時、インターネット元年と言われたように多くの眼がそちらを向いて
友人から「今さらFaxかよ」と揶揄されましたが、
私にとって自分で出来るUSPだったのです。
この成功体験で「真似ぶ」(守)から「コツ」(破)を得て
「自分流」(離)になって今日に至っています。
一人暮らし
一人暮らし
私は結婚するまで実家で過ごし、
結婚後も家事は妻の仕事と思っていました。
私の年代は、男の子は「技術」、女の子は「家庭」という教育の
古い世代でした。
結婚しても「男子厨房に入るべからず」という不文律で、
食器洗いすら妻の仕事でした。
この難儀な世代の私は12年前に妻に先立たれました。
ハタと困ったのですが、
お陰様で三男が同居していたので、
三男に助けてもらいました。
しかし、6年前に母が亡くなり、
実家を相続してリフォームを施して
三男が別居することになったのです。
いよいよ本格的な一人暮らしになったのです。
家事は「炊事・洗濯・掃除」と言いますが、
多くは家電に助けられています。
例えば、炊事では
ご飯はタイマーセットの炊飯器、
おかずもタイマーセットの電気鍋で煮物を作り、
他にもいろんな家電に助けられていますが、
結局、食洗器ではなく洗いものは手でおこなっています。
また、洗濯は妻が亡くなる直前でしたが、
洗濯機を買い替える際に
メーカーの方が乾燥まで自動的にする物を薦めてくれて
亡き妻がコインランドリーに行かなくて済むと喜んだのですが、
これが非常に役に立っているのです。
朝方に乾燥まで終わるようにセットしているので、
ベランダに干すという仕事はまったくしていません。
しかし、掃除だけは自動化出来ていません。
確かに、お掃除ロボットが出ていますが、
狭いマンションなので効果のほどは定かではないと思っており、
未だに掃除機を使ってゴミなどを処理しています。
しかし、家電頼みだけでは済まないのが調理です。
まず、献立を考えねばなりませんが、
私は後期高齢者で年齢的にも食養生が必要で、
特に腎臓が悪いので減塩やたんぱく質の摂取を控えるという
大きな課題があります。
また、加齢により消化器の能力が衰えており、
青汁やヨーグルトなどを食べるようにして来ましたが、
最近、「ラグノス®NF経口ゼリー」という薬を処方して頂き
排便状態も良くなったので、
クレアニチン値を改善する為に控えるようにしています。
最善の薬はキッチンからと言いますが、
良い整腸剤に巡り合って、
腎臓の天敵であるタンパク質を控えることが可能になり
食養生を本当の意味で実感しています。
腎臓に負担をかけない食事の基本は
・減塩・・ハムやちくわのどの隠れ塩分食品を減らす
・高タンパク質・・動物性や植物性の食材を減らす
・抗酸化食材・・玉ねぎ・りんご・オリーブオイルを摂る
と学んで心掛けるようにしています。
そして、何よりも健康生活が大切なので
「健康」=「運動」x「食事」x「社会」
と公式化して、バランスのよい生活を心掛けています。
「居場所」「出場所」と言いますが、
毎朝、喫茶店でモーニングを頂きながら近所の方々と談笑して、
8時半頃に事務所に出るようにしています。
お蔭様で相談役になって気楽になっていますが、
事業の邪魔にならないように心掛けて、
得意なパソコンで記事などを書くようにしています。
記事などをうまく書けると達成感があり、
SNSに投稿して反応があると嬉しいですし、
メルマガでも開封やクリックの状況が分かるので
誰がどんな記事を読んでくれたか分かり
間接的ですが脳内ホルモンが出ているように思います。
土日は事務所を老人会に提供して茶話会を開き、
雑談とトランプなどを楽しんでいます。
自宅マンションも今年輪番で理事長になりましたが、
・マンションの老朽化対策
・立体駐車場跡地で収益化を図り管理費の一助にする
・高齢化が進むので集会室でサークル活動を始める
の3本柱を実現したいと思っています。
お蔭様で、まだまだ、社会貢献が出来るようなので
「肉体」と「精神」の両面で健康を維持したいと
サイクリックな生活を心掛けています。
2026年4月14日 (火)
異業種交流会
異業種交流会
人生は「人との出会い」で変わるといいますが、
トヨタでは「7人の友達」と言って、
班長クラスの若手が異業種と交流して違った角度の視野を持つ
という風土がありました。
私は、お蔭様でサラリーマン時代、
トヨタ自動車のシステム部や在阪トヨタ販売店のシステム関連の方々
IBMや富士通関連のシステム会社の方々
そして、外部のソフト開発で知り合った方々
など社外の方たちと交流があり
いろんな角度の情報に接することができました。
しかし、全社オンラインシステムを完成させた時に、いきなり、
「コンピュータを卒業して何か別なことを考えろ」
というミッションで経営企画室長になった時、
トヨタの方に相談して「トヨタ物流改善プロジェクト」の話を聞き、
社長にお願いしてモデル店立候補の手紙を書いて頂いたことがありました。
この時、「人脈」の重要性を知ったのですが、
会社は日産系列から参入した会社でトヨタでは外様中の外様だったので、
トヨタイズムが根付いていない状況だったのです。
幸いにもプロジェクト担当部長が前担当員というラッキーがあって
無事にモデル店になり、国内物流部の直接指導を受けることができました。
これもやっぱり「人脈」でした。
しかし、一身上の都合でトヨタ系販売店を辞めて関連会社に転職すると
一挙に交流関係が薄れたのです。
関連会社ではNo.2のポジションで転職したのですが、
それまではお客様だったが立場が変わって上司になり、
役員と課長の間に挟まれて身動きできない状況で、
しかも、関連会社には子会社独特の社風があって、
私のような規格外な性格の存在が馴染まなかったのです。
従って、社内で活躍の道を閉ざされた感じなので、
自費で船井総研の客員経営コンサルタント養成学校に通い資格を得て
担当したシステム開発の完了を持って退職して
現会社を平成7年に創業しました。
費用は百数十万円だったが、退職金があったのでムリなく支払いでき、
亡き妻に「私が元気なうちに」と支援されました。
しかし、肝腎の「一番商品」(USP)が定まっていなかったので、
本当に無謀な創業だったと今から思えばゾッとする状況でした。
「捨てる神あれば、拾う神あり」と言いますが、
サラリーマン時代の友人から
「PL法セミナーを手伝わないか」
と誘って頂き、そのフォローの中から第1号のお客様が誕生する
ラッキーがあったのです。
このお客様で「一番商品」を形成でき、
しかも、僅か半年で年商16億円から20億円にアップする
幸運に恵まれたのです。
人生に「縁・運・つき」の3要素が必要と言いますが、
友人が「PL法セミナーを手伝わないか」と誘ってくれた「縁」、
そのフォローの中からお客様を見つかった「運」を得て、
その活動で「一番商品」が出来て今日に至る「つき」を得たのです。
従って、2001年の「9.11テロ事件」で急速に経済が縮小するまで
順調に会社が発展したのですが、
テロ事件以降、一端「どん底」を体験しました。
この状況から脱出する為に「中小企業家同友会」に入会して
交流の中からお客様を見つけようと考えたのですが、
経営がうまく行かなかったので僅か半年で退会しました。
その後、お客様が商工会議所の役員に立候補された時に会員になり、
その縁で支部開催セミナーの講師を務め、経営サロンにも参加しました。
また、京都のお客様2社が中小企業家同友会で活躍されていたので、
2008年に再入会しました。
商工会議所では担当者の薦めでマル経融資で日本政策金融公庫の関係ができ、
2年返済の融資を4度借り換えで関係を繋いでいます。
一方、中小企業家同友会では、
母が亡くなり実家を相続した際にリフォームで会員の方にお願いしたり
マンションの立体駐車場解体の時も土地家屋調査士や司法書士の世話を受け
また、三男が成長する為に青年部会に参加して「師・仲間づくり」する
という風な人脈効果を実感しています。
このように、友人からの「縁」や異業種交流会の「縁」を頂き、
それぞれ「運」を得て、うまい方向に展開する「つき」を得ています。
現在は三男に事業承継して相談役と気楽な立場ですが、
「時間をムダにしない」
という事で得意の物書きで邪魔しないようにしています。
また、異業種交流会でビジネスを求める方もいらっしゃるようですが、
私自身、2008年に中小企業家同友会に再入会して感じたことは、
皆さんがFacebookを活用されており自分も刺激されたように、
「自主的近代化」の視点でいろんな情報を得ることが
異業種交流会のメリットと思っています。
多くの方々との交流で未知の情報に接することで
三男も積極的にAIを活用するようになる刺激を得て
これから自立して長い道のりを歩むのですが、
いろんな方と交流して刺激を頂き「縁・運・つき」になるように
自助努力で切り拓いて欲しいと願っています。
2026年4月13日 (月)
2026年4月12日 (日)
健康寿命
健康寿命
私は昭和24年生まれなので満76才、
従って、後期高齢者に分類されています。
気持ち的にはいつまでも若い心算でいますが、
3年前、73才の時に大動脈瘤の手術をした頃から
いろんな変化に気がつくようになりました。
例えば、便が固くなり始め、便秘気味になるなど
ホンマ、「寄る年波」を実感するようになりました。
大動脈瘤の手術は
大動脈を人工血管に替えるもので1日半の大手術、
集中ICUに3日、普通のICUで3日の点滴生活のあと、
1週間、一般病棟で過ごして退院という大変なものでした。
例えば、退院した日は10月の末日だったので、
お客様の月末会議にオンラインで参加する心算でいました。
しかし、息子がクルマで迎えに来てくれましたが、
降りたらふらつくので、すぐに普通の生活に戻れない現実を知り、
何とかオンラインで参加しました。
結局、直後は杖を頼りに歩くほどでした。
そして、身体の変調として
「湿疹、眩暈、便秘」
に気付いたのでした。
「湿疹」は、まず、手指に痒みが出て、その後、足に出ましたが、
皮膚科の診察では「加齢」とのことで塗り薬を頂いており、
少しは症状が軽くなりましたが、今も残っています。
「眩暈」はふとした瞬間に起こるので怖いのですが、
少し立ち止まっていると回復する状況なので、
すぐに不安感がなくなり、
半年ほどで体力が回復して治まっています。
しかし、なかなか厄介なのが「便秘」です。
症状的には土日に自転車で遠出しているので、
その疲れが月曜日に出て下痢や軟便になり、
その後、回復して固くなり排便が困難になる
という両極端な状況を繰り返していました。
今年の正月から軟便が続いたので、
まず、市販薬の「ザ・ガード」を服用して改善を図り、
この事をかかりつけ医に話すとマグネシウムのない
「ラグノスNF経口ゼリー」
を処方してくれて、
これが効いて毎日排便が出るようになりました。
さらに4時間ほど熟睡できるようなって
お蔭様で夜中に目を覚ます回数が1回になりました。
ようやく、手術前に近い感覚になって来ましたが、
そこで気になるのが「健康寿命」という言葉です。
一応、自分では健康だと思っていますが、調べると
「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」
という問に対して「ない」という回答を「健康」とするようです。
如何にも感覚的な定義ですが、自分に当てはめてみると
血圧は軽い降圧剤を服用して、腎性貧血で造血剤を服用している上に
胃腸の働きが衰えて胃と腸でそれぞれ服用している状況で微妙ですが、
お蔭様で日常生活は自立できているので「健康」の部類と思っています。
QOL(生活の質)を
「健康」=「運動」x「食事」x「社会」
の公式に当てはめると、
まず、「運動」は、お蔭様で自宅と事務所が直線で500mと近いので
土日を含めて毎日2往復するようにして、
さらに、食材などの買い出しで自転車を使っているので
歩く速度は同年代では早い方だと思っています。
「食事」は毎朝、自宅でパンを頂き、薬を飲んで、
それから、喫茶店でモーニングを頂きながら新聞を読み、
ご近所の方々と談笑した後、事務所に行き
11時に帰宅して自炊し、長い目の昼休みをとって2時に出社、
それから4時半に帰宅して自炊する
というサイクリックな生活です。
従って、「社会」の面では
「食事」を兼ねて喫茶店で地域社会の方々と交流して、
さらに、当番ですが自宅マンションの理事長になり諸問題にチャレンジし
仕事でも古いお客様とのオンライン会議
という具合に接点を持っている状況です。
「居場所」も「出場所」もあり、
お蔭様で元気に過ごしていますが、
例えば、亡き妻がいたとすれば、
気の向いた時にドライブなどを楽しめたが、
先立たれたのでドライブも旅行も行けない状態が
少し残念なところです。
また、老化で一番恐ろしいのは「認知機能」ですが、
お蔭様で喫茶店や会社で人との会話があり、
また、SNSを利用して
独り言川柳を詠み、メルマガやエッセイなどを発信など、
好きなことで時間をムダにしていないのが
「ボケ防止」になっていると思っています。
アンチエイジングを
「健康」=「運動」x「食事」x「社会」
と公式化していますが、
何よりも「運動」が大切なので、
「品質は工程で作り込め」
という改善の教えの通り
自宅と事務所の2往復を基本にした
「サイクリック」な生活スタイルで
日常活動で「健康」を維持したいと考えて実践しています。
2026年4月10日 (金)
2026年4月 9日 (木)
2026年4月 8日 (水)
脱マイカー生活
脱マイカー生活
私は昭和24年生まれで、
少年漫画に描かれた未来像に憧れて育ちました。
高層ビルの間を空飛ぶクルマがあり、
移動中に電話が出来るという空想図。
大阪市内の下町ですが、
交通の便は結構よかったので住みやすい環境でした。
幼い頃は市電が走っていて、
両親に新世界の料理や動物園に連れて行ってもらいました。
少年時代は自転車に興じたが、
浪人した時にバイクに乗り始めました。
そして、一浪して大学に入った時に、
スズキのフロンテ360という軽自動車を買ってもらって、
当時、珍しいマイカーで通学し始めたのです。
少年の頃に描かれた未来図に空を飛ぶクルマがありましたが、
モータリーゼーションの黎明期だったので、
友人たちに羨ましく思われたのです。
ゴルフを始めた友人に誘われて同好会に入り練習に熱中しました。
確かに、「移動の自由」を得ると世界が変わったのですが、
大学2年の夏に腎臓を患って、単位をとるのに専念しました。
3年の冬に就職活動が始まったのですが、
大手企業では試験は受かっても面接等で決まらなかったので、
小さい会社を避けて不人気の自動車販売店に飛び込んだのです。
「コンピュータをやりたい」と言って飛び込み、
当時は珍しい存在だったので社長面接で採用して頂いたのです。
少年時代の2つの夢
「自動車」と「コンピュータ」
が叶ったのです。
入社前に1200CCのパブリカを買ってもらって、
マイカー通勤をしました。
会社の屋上に駐車場があったのです。
コンピュータを導入して頂いた時に、専務から
「栩野君、営業所へ行って、皆の声を聞け」
と言われて、自由に営業所に行けるようになったのです。
業務併用車の制度があって、
任意保険に加入する条件でガソリンが支給されました。
「行動の自由」って、素晴らしいものでした。
それから、結婚して子供が出来たので
例えば、回転寿司が珍しい時に連れて行くことが出来たり、
休日の朝食でマクドナルドに行ったりしました。
また、子供の頃に憧れた高層住宅のマンションを購入して、
目の前に公園がある環境で子育てが出来ました。
そんな私も64才の時に妻に先立たれて、
一緒にドライブに行く楽しみがなくなったのです。
不思議なもので、ホンマに一人でドライブすることがなくなり、
走行距離も伸びなくなりました。
車庫は自宅マンションの立体駐車場だったが、
これも経年劣化で1年前に解体となり、
同時に廃車しました。
19才から75才まで自動車と一緒でしたが、
今は6段変速の自転車で「行動の自由」を得ています。
まぁ、自動車に比べると移動距離は短いですが、
毎日の食材を買いに行き、
土曜日は外食に出かけたりしています。
「脱マイカー」になったが、
お蔭様で「行動の自由」を得ています。
今、もうすぐ77才になろうとする後期高齢者ですが、
「健康」=「運動」x「食事」x「社会」
の方程式でアンチエイジングに努め、
「運動」は自宅と事務所の2往復を徒歩で約3km、
食材の買い出しで自転車1.3kmをほぼ毎日続けています。
そして、「食事」は自炊を中心にして、
時には自転車で行ける範囲ですが外食を楽しんでいます。
最後の「社会」では、
毎朝、喫茶店でモーニングを頂き地域の方々と交流したり、
土日には事務所を老人会に提供して茶話会の世話したり
自宅マンションの管理組合の理事長になり貢献する
という具合に頑張っています。
この「脱マイカー」の生活スタイルを続けて、
自転車による「移動の自由」を楽しみながら
健康な老後を長く続けたいと願っています。
2026年4月 7日 (火)
「非対称性」
「非対称性」
最近、「非対称性」という言葉が使われる機会が多くなった。
英語ではasymmetryでa(否定)」+symmetry(対称性)で
意味は「向きや立場を入れ替えても同じにならない性質や、
片側だけに偏りがある状態」で
発音は英米ともに eɪˈsɪm.ə.tri で、「エイシメトリィ」に近いとの事です。
簡単に言えば、図形的な対称性がない状態であり
・形や配置が左右・上下で一致しない状態
・2者間で情報量や力関係が偏っている状態
・時間的に「行き」と「戻り」が同じでない現象
などのような時に使うそうです。
例えば、「非対称戦争」と言えば、
・交戦主体の力が大きく不均衡な戦争を指す概念
・弱い側が、正面からの通常戦ではなく、間接的・非正規の手段を多用
・近年のテロ組織対国家、反政府勢力対政府軍などで典型的に見られる
との事です。
物量で勝る戦法に対して神出鬼没な「ゲリラ戦法」が非対称性です。
故船井先生は
強者の「包み込み戦略」に対して弱者は「逆包み込み戦略」
とおっしゃっていましたが、
私は「対角線戦法」として異次元性をポイントとしました。
「土俵を変える」と言いますが、
弊社は「船井総研客員経営コンサルタント」の資格を得て創業したが、
船井総研が手を出さない領域(土俵)を探して、
‘95年当時、企業なら100%普及のFaxを活用する手法
で「一点突破」しました。
お蔭様で紆余曲折がありましたが今日まで経営でき、
そして、今、満76才で相談役になり気楽になっています。
他の方々と同じように自由な時間が増えて、
「キョーヨー(今日の用事)キョーイク(今日行く所)」
の問題がありますが、同じ年代の多くの方は
年金暮らしで「趣味」などに時間を使っておられますが、
私は「非対称性」を発揮したいと思っています。
例えば、妻に先立たれて一人暮らしなので「自炊」していますが、
今のところ、三男が社長になっていますが未だ独身なので、
二人前を作ってワンパターンにならないように心がけて
「キョーヨー(今日の用事)」の一つになっています。
「キョーイク(今日行く所)」という点では、
毎朝、近所に喫茶店でモーニングを頂きながら地域の方と会話して
8時半頃に出社しています。
そして、11時頃から食材の買い出しを兼ねて自宅に戻り昼食をとり
2時頃に会社に戻り4時半頃に帰宅するサイクリックな生活です。
そして、有難いことに私はパソコンが得意なので、
事務所で「独り言川柳」や「エッセイ」そして「メルマガ」
などに時間を使っています。
お蔭様で「健康」=「運動」x「食事」x「社会」の公式を
サイクリックに実践できています。
「非対称性」と言えば、大袈裟になりますが、
多くの同年代の方々から見れば異次元な生活になっています。
特に「エッセイ」を書き、
FacebookやX、HP、ブログなどで公開していますので
新しい世界を拓きつつあります。
反応も頂いて、「希望の羽根」が生えてきて楽しくなっています。
2026年4月 6日 (月)
「食い扶持」と「蓄え」
「食い扶持」と「蓄え」
私は、平成6年(‘94年)4月から半年間、
船井総研の客員経営コンサルタント養成学校に通いました。
当時、45才でした。
大学を卒業して入社したトヨタ系販売店でコンピューターを担当して、
バッチ処理システムから始めて全社オンラインやテレマーケティングシステムまで
当時、必要と思われる開発を全て行ない、
手持無沙汰になった頃に経営企画室を拝命しました。
いきなり「もう、コンピューターはええから、何か考え」とミッションもなく
拝命したのです。
困ったのでトヨタの担当者に相談すると
トヨタ物流改善のプロジェクトがある
と教えていただいたのです。
社長に報告して、モデル店になる手紙を出していただき、
運よく担当部長が担当員だったのでモデル店になりました。
このJit方式の営業活動を推進するOJTのリーダーや
IBMや外資系コンサル会社の窓口担当をしました。
しかし、「望月の欠けたることも無しと思へば」は
菅原道真公が三女を中宮として権力を誇った頃に詠んだ和歌ですが
その頃の私は、まさに、社長に支持されているという状況でした。
だが、「望月」は欠けていくのです。
次期社長候補の娘さんが役員になったが、
上司としてやってきたので、馬を合わせていると
社内から「写真を撮るといつも隣にいる」と
噂されるようになったのです。
これでは「不味い」ので距離を置くようになった「スキ」をついて
内勤三羽烏と言われた課長職を含めて私を「左遷」する人事をされたのです。
私を動かす為に仲のよい業務課長と経理課長を営業所へ異動したのです。
この会社に「三頭政治」という考え方があって
有力者3人が協調し合って全体をリードする
ということが根付いていたのです。
この強固な「三頭」をバラそうという政治的思惑に
社長の娘さんが加わったのです。
つまり、「権力に尻尾を振らない」3人だったのです。
私はデジタル思考的な面が強くて、
「尻尾を振る」
はどうしても納得できずに、悩んでいたら
亡き妻は教員だったので
「私が元気なうちに」
と言って退職を支援してくれたのです。
その後、関連のシステム開発会社に就職したのですが、
期待されて入社したが、風土が違いすぎて自分を出せずにいた頃に
船井総研客員経営コンサルタント養成学校
の広告が目に入ったのです。
当時(‘94年)は、コンサルタント養成がブームで
船井総研の他に日本LCAやタナベ経営も行っていました。
日本LCAはホワイトカラーの生産性向上の「DIPS」を商品に
タナベ経営は伝統的にコスト削減というイメージで
どちらもサラリーマン時代に経験しているので、
日本LCAの説明会で
「船井さんは単純や。お店に行って、一番売れる場所を聞き、そこに一番売れる商品を山積みにせよと言うだけや!」
という話を聞き営業が未経験だったので
「これや!」
と思ったのです。
幸い、退職金があったので自費で申し込んだのです。
この頃は、営業に転じており一人で活動できる「自由」を得ており
・幸い、前職のお客様からオフコンの注文を4台得ることができた
・会社には日本LCAのDIPSを導入し、風土改革に着手した
という背景がありました。
毎週、金曜日の夕方に太融寺にあった船井総研の本社に通い講義を受けました。
メインの宮内先生が「一番商品」づくりを指導するという事でしたが、
毎週、参加者のつくった「棚卸」を評論するだけでした。
肝腎の「船井流」は本を読めという事でした。
多分、宮内先生のイメージと違う生徒が多くて、
毎回、棚卸の寸評を繰り返すだけでは個々の生徒は満足できず
「いい加減や!」
という声が充満して、クレームをつけた人には返金したのです。
私も「不満」に思いながらスクールに通い
「一番商品」を見つけようとしましたが見つからず悶々とした心境でした。
そんな状況下でお客様を訪問していたのです。
ある日、営業に出かけたお客様の近くのレストランで昼食をとっていたら、
偶然、向かい席に座った方から、
「道という字は、首をかけて しんにゅうの点を目指して歩く事だよ。その道は九十九折かもしれないが諦めずに歩くことだよ」
と声かけられたのです。
余程、思いつめた顔つきだったのかも知れませんが、
グサッと胸に刺さったのです。
お名前を忘れましたが富田林市の自民党員と教えてくれたことを覚えています。
確かに、「道」という字を分解すると
「首」すなわち「命」をかけて歩むものであり、
最初は①のように低空飛行だが、どこからか②のように上昇して、
③の目標を目指して「九十九折」を登って行く
と理解できたのです。
しかし、肝腎の③の目標がボヤっとしていたのです。
その後、半年のスクールが終わり「資格」を頂きましたが、
肝腎の「一番商品」が出来ていない状態でした。
しかし、独立するには不完全な状況でしたが、
翌年3月に担当したシステム開発が終わるのを見定めて「退職」を決意しました。
何故なら、営業の時に船井総研で学ぶことを喜んでくれた役員が、
東京に転勤して、他の役員が「栩野さんの客をつくるだけ」という状態だったからです。
またしても社内政治に失敗したのです。
この時も亡き妻に相談したら
「私が元気なうちに」
と独立を支援をしてくれたのです。
こんな状況で、結構、高給を頂いていたのですが、
会社への忠誠心が湧かないまま、平成7年7月に現会社を創業したのです。
しかし、肝腎の「一番商品」が見つからない状況でした。
確かに、船井総研の方々が
「無謀にも独立した人(奴?)」
と驚いたのも事実でしたが、
自分の「運」の良さに自信を持っていたので、
前職の退職金を頼りに会社を興したのです。
肝腎のお客様がゼロの状況だったので
確かに、「無謀」なのですが・・
ともかく、何もやらないで日々を過ごす訳に行かないので、
サラリーマン時代の知人に毎月「AMIブレティン」を発行して、
勉強会などを案内しました。
こんな状況を見ていた友人から
「PL法セミナーを手伝わないか」
という声掛けが来たのです。
喜んで若い営業の方とセミナー参加者の「後追い」を行ない、
その中で、名刺交換できた方々に「AMIブレティン」を郵送したのです。
その郵送先の一つから、何カ月か経過して、
「あなたに頼みたいことがある」
という電話がかかってきたのです。
まさに「縁・運・つき」の始まりでした。
お客様は建設機械の製造卸でした。
「失われたxx年」というデフレの入り口の頃で、
同社は、バブルが崩壊した影響で業績が悪化していたのです。
私は初めての経験だったので
船井総研の講師だった宮内先生に相談して、
営業支援して頂き
「船井総研」の看板で
辛うじて信用を得たのです。
初年度、企業診断で約500万円、その後、月50万円の契約になりました。
その骨子は、私が経験したトヨタ系販売店のように
同社の販売ネットワークを創る
がメイン提案でした。
そのコミュニケーション・ツールとして、
当時、企業なら100%普及のFaxによるマス・プル型マーケティング
でした。
契約の際、宮内先生は「クレームが出ても知らんぞ」と念を押されました。
私は、診断のためにヒアリングを実施しながら、
「Faxマーケティング」のノウハウを得る為に
を発行することにしたのです。
そして、診断が終わり、右のように船井総研のファイルに
装丁して診断書を提出しました。
確かに、今まで経験したトヨタ系のビジネス・スタイルとは真逆で
建材ルートに建設機械や道具を卸す
という間接的な業態だったのです。
建材ルートに商品の情報を流すと
卸問屋・販売店・ユーザーと下方展開されるのですが
末端ユーザーまで届くのに半年以上もかかる状態だったのです。
当時、「情報を制する者は市場を制す」と言われていたので、
企業なら100%普及のFaxに目をつけたマーケティングを提案したのです。
そして、即効果として、
右の「とくとく商品情報」を本社直需先に発信したところ大ヒットして僅か半年で年商16億円から20億円に跳ね上げる事ができたのです。
思い起こせば、当時は書院というワープロだったので
部材を作成して、B4の方眼紙に貼り付け、10円を持ってカメラ屋でコピーした原稿を送信した
という苦労話がありました。
しかし、事前に「AMIコンサルティング Frash&HoT情報通信」を作成していたので、
「ちらし」としての割り付けに迷いはありませんでした。
この「ちらし」がヒットした理由の一つが最下段の
「ポンピング・チューブ10本で1本おまけ」
の企画でした。
「ちらし」作成の心得の一つは
「ずばり・うれしい・待ち遠しい」
の3要素ですが、メーカーなので定価を下げる事ができないので
「おまけ」にしたのです。
モルタルを送るポンプは殆どがチューブを使っていたので、
自社製品のポンプの他、他社のポンプにも使えるので
ユーザーだけではなく、耳にした販売店からも注文が殺到したのです。
船井先生の教えに
「売上」=F(m、n) m:商品数 n:光る商品数
の公式がありますが、
「ポンプ・チューブ」が大きな光になり、
さらに、地味な訴求でしたが「Nつま~る」のエアベルト進呈もヒットして
レスポンス率は100%を超える(含む:販売店)という「勢い」になったのです。
この企画は半年で年商16億円から20億円に拡大して、
同社は決算手当の他にグアム旅行を楽しまれました。
当然、「勢い」から「流れ」になって「うねり」となって発展するのですが、
ここに一矢「将来の需用を先取りするだけや!」という声が出て、
社長一族の中からだったので「熱」を冷ます状態になったのです。
「幾ら、ここぞという時に介入する」と意気込んでいても
経営者一族の中では歯が立たないのです。
その後、右掲の「商品情報」の発信となったのですが、
右上に商品紹介の社長メッセージをいれたのですが
ある日、社長さんが地方販売店のお葬式に参列して
「皆さん、大変ご無沙汰しています」
と挨拶したところ、
「何言ってんの。あなたが業界に貢献しようとしている姿勢に感銘している」
と参列者に言われたと驚きを話してくださいました。
聞くと販売店の方々がFaxをコピーして見込み客に配布しているとの事でした。
新規機種ばかりでなく、工法の提案も情報提供したのです。
しかし、徐々に効果が薄れたのです。
この会社は
大阪本社を長男が社長で君臨して
東京支店は次男の専務が支店長として東日本を担当し
九州支店は三男の常務が支店長をして先端工法の提案
をされていました。
大阪本社には社長一族の一人が反対勢力となったので、
そりが合わず、コミュニケーションがうまく行かない状況で、
馬があう東京支店の専務とコミュニケーションをとる状態になったのです。
その後、Fax効果が薄れたので契約が切れたのですが、
専務様とは関係を保ち、
例えば、東京でセミナーする際にはお会いする関係でした。
船井総研の宮内先生は
「今日の食い扶持と明日への蓄え」
とおっしゃっていましたが、
目先のことばかりではなく、何らかの蓄えが必要
という事でした。
この「蓄え」の一つが専務との関係を維持したことであり、
次男が東京に出た際に、住まいの斡旋から始まり、ついには就職までお願い
という「縁・運・つき」でした。
次男は可愛がっていただき、今や東京支店の課長になり、
お蔭様で弊社の事務員と遠距離恋愛で結婚して2人の孫を育てている
という状況になっています。
ついつい目先のことばかりに追われますが、
「明日への蓄え」
をどのように残すかが大切です。
特に、人脈が貴重です。
単なる飲み食いだけに終わる人が多いですが、
「PL法セミナーを手伝わないか」と誘ってくれた友人は
サラリーマン時代はIBMを買う会社だったのでFaxだけを買ったのですが、
入社した頃からのお付き合いで50年を超える関係です。
その他にもいろんな方と交流を続けていますが、
最近では中小企業家同友会に参加しており、
「明日への蓄え」という視点では
実家を相続してリフォームした際に親身なってくれた建材業の方や
息子(三男)の教育に一環として青年部に参加していますが、
「婚活」の話が出る
などの会費以上の「見えない価値」もある
などと喜んでいます。
勿論、「今日の食い扶持」は大切なのですが、
やはり、「明日への蓄え」として「人間関係」が
ポイントと考えています。
「スマホ・デバイド」
「スマホ・デバイド」
誰もが「永遠の若さ」が欲しいですが、
現実は日一日と老化が進みます。
一般的にアンチ・エイジングには
適度な運動と適切な食事、そして、生き甲斐を得る社会活動
の3要素が重要と言われています。
しかし、努力に関わらず、身体は老化して行きます。
私が一番困っている老化は腸の衰えです。
病気は検査や診察で病状の程度が分かり、治療も出来ますが、
意外に「腸」の問題は内視鏡によるポリープ検査位です。
しかし、この腸は加齢とともに便通が悪くなり、ガスが溜まるようになっています。
4年前、大動脈瘤手術の頃に排便に時間がかかるようになり、
手術後、入院している間にひどくなりました、
便通には食物繊維不足が原因なので「青汁」が良いと聞いたので試しましたが、
その後、腎性貧血が見つかりカリュームが多いので青汁を止めた方がよいと言われて、
その代わりに市販薬で何とか対応できています。
次に困るのは脳の働きの衰えです。
右掲は新聞にあった広告記事から撮ったものです。
誰でも加齢によって色々な変化が起こりますが
気付かないうちに進行するのが
記憶力・判断力・注意力・集中力
の4つ認知機能とあります。
これらは自分では変化に気付き難いものですが、
自己判断では、まだまだ大丈夫と思っています。
しかし、現実的には「適応力」の衰えが一番気になります。
「適応力」と言ってもいろんなものがあり、例えば、
・新しい流行語への適応力
・家電品の進化への適応力
・テレビ番組でも有料のコンテンツへの適応力
など、ちょっとした事でも実感しています。
若い時には「未知」に対して興味をもち、積極的にチャレンジしましたが、
加齢とともに新しいことへの興味が薄れて、
例えば、大阪・関西万博でも息子に誘われないと行かなかったと思います。
つまり、「適応力」と言うより「興味」が湧かないのです。
その最たるものは「スマホ」の活用です。
例えば、31年前に独立した時はセルラーフォンを取り入れて
どこでも電話できると喜び、移動中に友人に電話した記憶がありますが、
携帯電話も進化してガラ携に変わった時はメール機能が付き、
写メールを楽しんだ程度でした。
それでも、基本は携帯電話の範疇だったので困らなかったのです。
しかし、スマホになってからは出来ることが多くなり、
唯々、電話と写メール程度の利用のままでは時代遅れになりました。
スマホの時代になって、
いろんな物でQRコードを使った決済や
街の医者でも予約をしていないと「お断り」
という時代になって来ています。
確かに、カラオケでも予約しておけば、その時間に行けばよいのですが、
私は、会員カードが紙からスマホに変わっただけで、
料金の割引に活用できますが予約などの機能は使っていません。
この最大の理由は、加齢により指先に湿度がなくなり、
スマホの画面で思うように入力することが困難になっている
という事情があります。
こんな状況なので、
メールなどはパソコンのキーボードで入力する方が楽という事や、
自宅にも事務所にもパソコンがあるので頼りきりです。
今までは、こんな状況でも余り困らなかったのですが、
最近、自宅マンションの理事長になり管理組合の口座引き落としの手続き
をすることになったのです。
前理事長はスマホで対応されましたが、
私は管理会社の担当の方にスマホの操作をお願いするハメになりました。
負けず嫌いの性格が少し残っているので悔しい気持ちになりましたが、
結局、三井住友からの連絡メールをパソコンに切り替えて頂きました。
実のところ、スマホのメールアドレスがあるのを知っていましたが、
写メールするにもスマホのアドレスは必要なく、
今回、始めて必要になったのです。
管理会社の方が、一端、スマホのメールアドレスで登録して、
その後、パソコンのメールアドレスに変更してくれました。
ホンマ、担当の方に手間取らせました。
おまけに、パソコンに来たメールでアクセスしようとしたら、
メモにログインIDとパスワードを書いていたのですが、
これも明確に書いておらず、一度、エラーになる始末でした。
スマホは今や文明の利器ですが、
かけ放題で電話を気軽に楽しめている位に留まっており、
他の人は電池が一日もたないと言っていますが、
お蔭で電池の消費が少なく1週間程もちます。
昔、「デジタル・デバイド」という言葉がありましたが、
私の場合、「スマホ・デバイド」の状況です。
これからは電池が長持ちすると自慢するのではなく、
Facebookなどもスマホでも楽しもうと思っています。
記事を読む位ならギガの問題もないし、
写真を撮ってFacebookに上げる位なら出来るようになりました。
喫茶店ではお店の新聞を読んでいますが、
医者の待ち時間にスマホの記事を読むようになりました。
結構、集中して読めています。
「やらず嫌い」の状態から脱出して、
これからは予約などもスマホで行ない、
送られてきたQRコードで入店するようになりたいと思います。
ホンマ、スマホを使って長いですが、
ガラ携時代のままだったと反省しています。
今やSNSの時代なって久しいので
FacebookだけではなくLineやXそしてインスタなどにも
チャレンジしたいと思っています。
そして、笑い話みたいですが、
スマホをズボンのポケットに入れることからポシェットに変えて
変化して行きたいと思います。
2026年4月 5日 (日)
「しんどい」=「神遠い」
「しんどい」=「神遠い」
春めいて来て陽気が良くなって来ました。
こういう時は気候の変わり目で身体が追い付かないので
いろんな症状が出ます。
天気が良いのに「だるい」と感じることがあり、
こういう時は集中力が散漫になりがちなので
思わず「しんどい」と言いがちになります。
誰かが「しんどい」と言えば、
他の人も良く似た状況なので追随して蔓延するのです。
当然、組織効率が低下して、ケアレスミスが増加します。
つまり、「神」が「遠のく」という事になり、
「しんどい」は「神が遠のく」から「神遠い」になるのです。
この話は、平成6年、船井総研の客員経営コンサルタント養成学校で、
高校野球の応援団や選手の宿泊などを手配していた方が、
「しんどい」は「神遠い」と書けるから避けるようにする
と言っていたのを思い出します。
では、どうすれば良いかという事ですが、
「しんどいなぁ」と言えば、周囲に蔓延するので避ける必要があります。
「小人閑居して不善をなす」と言いますが、
一人の「しんどい」が蔓延して、周囲を巻き込んで雑談する事になります。
例えば、気分的な場合、「疲れた」と言って、
思い切って気分転換する方法も有効で個人的な問題に留まります。
私の場合、昨年、相談役になって、気楽になっていますので、
集中力を要する仕事が少なくなっており、
気分転換に少し歩いてみるようにしています。
「波動」と言いますが、気の緩んだ波動を出すと
他の人も波動を合わすので迷惑をかけます。
毎朝、喫茶店でモーニングを頂きながら新聞を読むようにしていますが、
最近、波動の合わない人が多くなって、
やたら、食べ物や病気の話を耳が遠くなっているのか
大きな声でしゃべるのです。
特に、女性が多くなって、次から次へ話題が途切れないので、
新聞を読む集中力を奪われます。
話題に巻き込まれませんが、
余り関心のない記事は読めなくなっています。
もう年配の方々なので趣味の話題も合わず、
野球などスポーツの話題もありません。
興味が合わないのでジッと我慢の子です。
私自身は記事から四字熟語などを探しているので、
見つけたらスマホで写真に撮って、
事務所でゆっくり読むように工夫しています。
中には、ボスみたいな男性が来るようになって、
あちこちの食べ物などの話題を切り出して、
しかも論評して「うまい」「まずい」というのです。
ホンマ、喫茶店の波動が悪くなって、
波動の合わない方は私の時間帯に来なくなったので、
ホンマ、四面楚歌ではないですが、
私はジッと我慢の子になっています。
我慢の子をするのも「しんどい」ですが、
今の生活スタイルを変えると解決できるのですが、
染み付いたルーチンなので変えられない
という悩みになっています。
まぁ、よその店に行っても何か不都合なことがあると思い、
この方々が時間帯を変えてくれないかと思いながら
「しんどい」に耐えながら朝の時間を過ごしています。

































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